株の相続税と売却時の税金対策を税理士が解説します
相続財産には現預金や不動産だけではなく、株式などの有価証券も含まれます。親族が証券会社などになじみがない場合、相続について不安に思うこともあるのではないでしょうか。最近はネット証券などを中心にペーパーレス化が進み、取引報告書などの書面が届かないケースも増えました。この記事では相続が発生してから慌てることがないように、株式の相続で知っておきたいことをまとめました。株式を持っている人や相続を行う可能性のある方は参考にしてください。
上場株式を相続する場合
自社の株式を株式市場で売買できるようにすることを上場といい、市場で取引される株式のことを上場株式といいます。
所有している株式を把握
株式の相続手続きにあたっては、亡くなった人のすべての株式の銘柄や株数を洗い出す必要があります。亡くなった人の取引証券会社がわからない場合は、自宅に届いた証券会社からの郵便物や銀行口座の入出金明細を調べてみましょう。証券会社が判明したら、残高証明書を請求します。取引書面などが見つからない場合、証券保管振替機構に開示請求をすると開示書面を郵送してもらえます(有料)。
ただし、2009年(平成21年)の株券電子化の際に手続きが行われなかったタンス株などは、信託銀行の特別口座で管理されています。タンス株が見つかった人は株式発行会社に問い合わせて、特別口座のある信託銀行を確認してください。信託銀行がわかったら相続手続きをしたい旨を伝え、手続きを行います。
上場株式の相続税評価額とは
相続税を計算するために、現預金・不動産・株式など財産の種類ごとに異なる方法で算出した課税価額を相続税評価額といいます。市場で日々変動する上場株式の1株あたりの相続税評価は、以下の価額のうち最も低い価額です。
- 相続発生日の終値
- 相続発生日の月の終値の平均
- 相続発生日の前月の終値の平均
- 相続発生日の前々月の終値の平均
最終価格の平均額を確認する方法
銘柄ごとの日々の終値は「Yahoo!ファイナンス」で調べることが可能です。毎月の終値の平均は日本取引所グループの月ごとの株式相場表で確認できます。また、相続税評価額は証券会社の残高証明書にも記載されます。
上場株式の相続にかかる相続税のイメージ
相続財産に上場株式と不動産が含まれているケースでの相続税を試算してみましょう。相続税の税率は国税庁のサイトから確認できます。
前提条件は以下のとおりです。
- 亡くなった人:夫
- 死亡日:2021年8月10日
- 相続人:妻と子2人
- 相続財産:現金3,000万円、賃貸アパート2億円、A社B社C社の株式
- 相続財産は法定相続分で分割する
財産ごとの相続税評価額を算出 |
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遺産総額から基礎控除を差し引く |
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課税遺産総額を法定相続分で分割 |
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相続人ごとの相続税額を合算 |
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妻の納税額 | 0円(配偶者控除1億6,000万円) |
子2人の納税額 | 332万5,000円×2人=665万円 |
納税額合計 | 665万円 |
株式の評価方法
株式の評価額2,000万円は以下のように求めました。
銘柄 | A社 | B社 | C社 |
株数 | 1,000株 | 1,000株 | 1,000株 |
8月10日終値 | 8,500円 | 7,000円 | 5,400円 |
8月終値平均 | 8,400円 | 7,300円 | 5,500円 |
7月終値平均 | 8,000円 | 7,700円 | 5,300円 |
6月終値平均 | 8,500円 | 8,000円 | 5,000円 |
評価額 | 800万円(8,000円×1,000株) | 700万円(7,000円×1,000株) | 500万円(5,000円×1,000株) |
不動産の相続は評価減が大きい
相続税評価額2億円(土地・建物の合計)の賃貸アパートの相続で一定の条件を満たすと、小規模宅地等の特例が適用されます。この特例の貸付事業用宅地の場合、50%の評価減になります。
基礎控除により相続税がかからないケースとは
次に相続財産に株式と現金のみで相続税がかからないケースを試算してみます。
前提条件は以下のとおりです。
- 亡くなった人:夫
- 相続人:妻と子2人
- 相続財産:現金3,000万円、A社B社C社の株式1,000万円
- 相続財産は法定相続分で分割する
財産ごとの相続税評価額を算出 |
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遺産総額から基礎控除を差し引く |
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妻の納税額 | 0円 |
子2人の納税額 | 0円 |
納税額合計 | 0円 |
課税遺産総額が基礎控除を下回り、相続税がかからなくなりました。
上場株の相続時に付随して計上される財産の2種類とは
株式の相続においては相続時に付随して計上される財産として、相続する株式に関わる配当金があります。
未収配当金
相続発生時に未受領の配当金は、相続財産として課税されます。被相続人の死亡日が配当確定日以降であった場合は未収配当金として、確定した配当金額から所得税等の相当額を差し引いた金額で評価します。
配当期待権
被相続人の死亡日が配当の権利確定日以降で配当確定日前であった場合、配当金の金額は確定していません。この場合、配当期待権として相続税の課税対象となります。
未収配当金、配当期待権がわかりにくい場合、税理士に相談することをおすすめします。
事前にできる上場株の相続税対策とは
株式発行会社の業績が好調な場合、相続発生時に評価額が上がり、相続税負担が大きくなる可能性があります。保有株式の相続税が高額になると考えられるケースでは、事前に対策をすることで相続税額を抑えられます。
暦年贈与による相続税対策
株式を生前贈与する場合、受け取った人は贈与税を課税されます。毎年110万円の控除が受けられる暦年贈与の場合、配偶者・子・孫など多くの人に贈与することで効果的な相続税の軽減が可能です。また、110万円以上の贈与で贈与税がかかるケースでも、相続税の税率などによっては贈与税の負担がより少なくなるケースがあります。株式を多く保有している人は、贈与税、相続税の税額を試算し、最も有利になる生前贈与を行いましょう。ただし、相続開始前3年以内の贈与はなかったことになり、相続財産に加算されるため、生前贈与はなるべく早く始めましょう。
不動産へ組み替える相続税対策
相続税評価において、不動産は取引価格よりも低い価額で評価されます。有価証券を売却し、賃貸アパートなどの不動産を持つことは、相続財産の評価を下げる有効な方法です。被相続人が生前に株式を売却して、その資金で不動産を購入します。相続発生時に不動産は株式より低く評価され、相続税の軽減が可能です。
その後、相続人が相続した不動産を売却する場合、売却益(譲渡所得)に対して所得税と住民税がかかることに注意が必要です。
譲渡所得の税率は不動産の保有期間によって以下のようになります。
保有期間 | 税率 |
5年超(長期譲渡所得) | 所得税15%・住民税5% |
5年以内(短期譲渡所得) | 所得税30%・住民税9% |
相続財産の株式を不動産に組み替えて相続税を抑える方法は有効な相続税対策です。ただし、実行にあたっては考慮すべき点も多いため、相続に精通した税理士に相談したほうがよいでしょう。
相続した株式の売却益にかかる税金
相続した株式を売却すると相続税とは別に譲渡所得に税金がかかります。株式の譲渡所得の計算期間は毎年1月1日から12月31日までです。
相続した株式を売却するには名義変更をして、相続人名義の口座に入れる必要があります。名義変更については「株を相続する際に必要な手続き」で解説します。
特定口座(源泉徴収あり)で売却した場合
相続した株式などの有価証券を売却すると、譲渡所得として所得税・住民税がかかります。口座が特定口座(源泉徴収あり)の場合、所得税と住民税合わせて20.315%が源泉徴収されます。特定口座(源泉徴収あり)の場合、確定申告は不要です。
相続したタイミングで賢く損益通算する
相続した株式は、相続人がもともと保有していた口座に移管することもできます。その場合、相続した株式と口座内の他の資産との間で損益通算されます。相続した株式を売却して利益が出た場合でも、他の資産の損失があれば相殺して所得を減らすことができるのです。損益通算ができそうなときは、相続した株式を売却するタイミングと考えてよいでしょう。
相続した株式の譲渡所得を正しく計算する方法
株式の譲渡所得とは「売却価格」から「取得費」と「売却の手数料」を差し引いた金額です。
※株式の譲渡所得=売却益-取得費-手数料となる。
取得費とは、亡くなった人が株式を買い付けた金額です。なお、譲渡所得がマイナスの場合に所得税はかからず、申告も不要です。
取得費が不明な場合
証券会社の取引報告書などで取得費を調べられない場合、株主名簿を管理している信託銀行に株式異動証明書を発行してもらいます。株式異動証明書によって、名義が書き換えられた日(取得日)の特定が可能です。取得日が判明したらその日の株価を調べて、取得費を計算することができます。
信託銀行が不明な場合
信託銀行が不明な場合は、証券保管振替機構(ほふり)の発行する登録済加入者情報通知書で口座管理機関である信託銀行が確認できます。また、株式を発行している株式会社に直接問い合わせることも可能です。
最終的に取得費が不明な場合
どうしても取得費が不明の場合、売却代金の5%を概算取得費として計算できます。概算取得費は、取得費がわかっている場合でも使用することが認められています。
相続税額の取得費加算の特例とは
例えば、相続した株式にかかる相続税を支払った後、その株式を売却した利益に税金がかかることは二重課税にあたります。そのため、相続税の申告期限から3年以内に相続した株式を売却した場合、その株式に対する相続税額を取得費に加算することが可能となる制度です(取得費加算の特例という)。
取得費加算のイメージ
取得費加算の特例が適用されて、譲渡所得が軽減されるケースの試算を見てみましょう。
前提条件は以下のとおりです。
- 亡くなった人:夫
- 死亡日:2021年8月10日
- 相続人:妻と長男・長女
- 相続財産:現金1億円、A社B社C社の株式2,000万円
- 相続財産は法定相続分で分割する
相続後に長男が相続した株式を売却(売却金額500万円、5%の概算取得費を使用、売却手数料5万円)
財産ごとの相続税評価額を算出 |
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遺産総額から基礎控除を差し引く |
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妻の納税額 | 0円(520万円から配偶者控除1億6,000万円) |
子2人の納税額 | 長男220万円、長女220万円 |
納税額合計 | 440万円 |
長男が支払った相続税のうち、株式の分は約36.7万円(220万円×2,000万円÷1億2,000万円 )です。
売却金額 500万円-(取得費 25万円 + 取得費加算分 36.7万円 + 売却手数料 5万円)= 特例適用後の譲渡所得 433.3万円
税額:433.3万円×20.315%≒88万円となります。
取得費加算の特例を適用しなかった場合の例
上記の例で、取得費加算の特例を適用しなかった場合の税額は以下のようになります。
売却金額 500万円-(取得費 25万円 +売却手数料 5万円)= 譲渡所得 470万円
税額:470万円×20.315%≒95万円となります。
取得費加算の特例により、同じ売却金額(500万円)でも、7万円の税額差がでました。
取得費加算の金額が大きいほど税負担が軽減されます。
取得費加算の特例を受ける条件がある
取得費加算の特例は、次の3つの要件すべてに該当しなければ受けられません。
- 相続または遺贈(遺言によって遺産をもらうこと)により財産を取得している
- その財産を取得につき相続税を納付している
- その財産を、相続開始の翌日から3年10カ月以内に売却している
取得費加算の特例を有効活用する方法
取得費加算の特例を有効活用する方法の1つに、株式を換価分割するやり方があります。換価分割とは、相続人の代表者を1人決めて、その代表者が株式を売却して売却代金を各相続人に分ける方法です。売却は相続後でないとできないため、1人の相続人が株式すべてを相続して売却します。全株式を取得した相続人は相続税も多く負担しており、取得費として加算できる金額が多くなります。そのため、譲渡所得に対する税金が少なくてすみ、各相続人に分配されるお金が多くできるというわけです。※分配した現金は贈与税の対象外です。
株式の相続で後々トラブルになるケース
株式の相続では、相続後にトラブルになりやすいケースがあります。
売却時に不公平になるケース
相続した株式の売却にかかる譲渡所得は、相続した銘柄の取得費によって異なります。このような不平等が生じないようにするには、売却時の株価の変動や税金を考慮して株式を分割しましょう。たとえば、株式を「長男にはA社、長女にはB社」のように銘柄で分割せず、「長男、長女にA社とB社を50%ずつ」などのように分割したほうが賢明です。
法定相続分と遺産分割の結果が異なるケース
遺産分割協議が成立する前に株式を売却した場合、法定相続分に応じて各相続人の譲渡所得を計算しなければなりません。譲渡所得の申告期限(2/15~3/15)前に遺産分割協議が成立した場合、遺産分割協議の結果に応じて各相続人は譲渡所得を申告します。ただし、譲渡所得の申告期限(3/16)後に遺産分割協議が成立した場合、すでに確定した譲渡所得を修正申告することは認められません。
遺産分割協議が確定する前に株式を売却する場合、株を相続しない相続人に税金がかかるなど、後々トラブルになりやすいので注意が必要です。
まとめ
上場株式は現預金や不動産とは異なる方法で評価されます。相続対策は早めに取りかかったほうが効果的です。相続発生前に親族間で情報を共有し、はやめに対策を検討しましょう。株式の相続対策の有効性を判断するのは難しく、相続に強い税理士の協力が欠かせません。相続対策に取り掛かるのと同時に、頼りになる税理士探しも始めましょう。