個人事業主の事業承継(引継ぎ)方法・手続き・留意点

事業承継手続きは法人だけではなく、個人事業主にも必要です。この記事では、個人事業主の事業承継の方法と手続き、節税対策について解説します。

個人事業主の事業承継(引継ぎ)税金・節税対策について

個人事業主の事業承継にはどんな方法があるか

法人と個人事業主の事業承継の手続きは大きく異なります。法人(株式会社)の場合、自社株の引継ぎと代表取締役の地位を承継することで手続きが完了します。通常、事業用の資産は法人のものだからです。しかし、個人事業主の場合は、事業用財産を1つずつ引き継がなくてはならないため、手間がかかります。手続きも後継者・先代事業者それぞれに必要です。

贈与

先代事業者の事業用財産を、後継者に生前に無償で譲るのが贈与です。贈与による事業譲渡には、親族内事業承継と親族外事業承継があります。

事業用財産の贈与を受けた後継者には贈与税がかかります。贈与税の税率は相続税の税率に比べて高いため、何らかの節税対策が欠かせません。

親族内事業承継

実子などの親族が事業を承継する方法を、親族内事業承継といいます。

親族内事業承継には次のようなメリットがあります。

  • 関係者からの理解や協力を得やすい
  • 教育や財産の移転に時間をかけられる
  • 財産の移転がしやすい

一方、デメリットもあるので確認しておきましょう。

  • 親族内に適任者がいないこともある
  • 後継者以外の親族との利害関係が問題になることがある

親族外事業承継

従業員など親族以外が事業を承継する方法を、親族外事業承継といいます。

親族外事業承継には次のようなメリットがあります。

  • 後継者の選択肢が広がる
  • 長期勤続の従業員に引き継ぐ場合、事業がスムーズに続けられる

親族外事業承継のデメリットには以下のようなものがあります。

  • 適任者が見つからない可能性がある
  • 後継者に事業用財産を引き継ぐ資金がないこともある
  • 事業主の個人保証の引継ぎが難しい

相続

先代事業者が死亡すると、相続または遺贈(遺言による贈与)で事業用財産が承継されます。

相続発生後は、遺言による財産分割、遺言が無い場合は遺産分割協議が必要です。相続税は、小規模宅地等の特例や個人版事業承継税制の活用で負担を軽減できる場合があります。

売買(M&A)

事業用の資産を第三者に売却する事業承継の方法をM&Aといいます。売却の相手方は個人とは限らず、法人の場合もあります。親族や従業員の中から後継者が見つけられない場合などに活用される方法です。M&Aで事業が継続されることにより、従業員の働き口が維持され、取引先や顧客も取引を続けられます。

なお、事業主が資産を売却して得た利益は、譲渡所得として課税されます。

個人事業主の引継ぎは「先代事業者」と「後継者」それぞれ手続きが必要

個人事業主の事業承継の手続きは、先代事業者の廃業手続き、後継者の開業手続き、事業用財産の名義変更など多岐にわたります。先代事業者、後継者それぞれが行いますが、特に難しいことはありません。時間の余裕をもって、抜けや漏れのないようにしましょう。

先代事業者が行う手続き

先代事業者は、税務署や都道府県などに廃業の手続を行わなければなりません。生前であれば事業主本人が、死亡後なら後継者や他の相続人が行います。期限のあるものは期限内に、期限のないものも忘れずに済ませるようにしましょう。

税務署へ提出しなければならない書類

個人事業の開業・廃業等届出書廃業後1カ月以内に提出
青色申告の取りやめ届出書青色申告をしていた場合、事業を廃止する年の翌年3月15日までに提出
消費税に関する事業廃止届出書
  • 「消費税課税事業者選択不適用届出書」
  • 「消費税簡易課税制度選択不適用届出書」
  • 「消費税課税期間特例選択不適用届出書」
  • 「任意の中間申告書を提出することの取りやめ届出書」
    に事業を廃止した旨を記載して提出した場合、提出不要。
    事業廃止後速やかに提出
給与支払事務所等の開設・移転・廃止届出書廃業後1カ月以内に提出
所得税及び復興特別所得税の予定納税額の減額申請書予定納税をしている個人事業主が廃業し、予定納税額の減額を求める場合に提出。
  • 第1期分及び第2期分の減額申請は、その年の7月1日から7月15日まで。
  • 第2期分のみの減額申請及び特別農業所得者の減額申請は、その年の11月1日から11月15日まで

都道府県へ提出しなければならない書類

個人事業主は、事業所がある都道府県に個人事業税を納税しなくてはなりません。廃業する場合、管轄の都道府県税事務所への届出が必要です。届出書の書式や提出期限は、都道府県ごとに異なります。

東京都の場合、「事業開始(廃止)等申告書」を廃業から10日以内(死亡の場合は死亡日から30日以内)に提出します。

後継者が行う手続き

後継者は、税務署や都道府県などで開業の手続をします。承継する事業が行政機関の許認可を要する場合、後継者は改めて許認可申請をしなくてはなりません。

税務署へ提出しなければならない書類

個人事業の開業・廃業等届出書開業後1カ月以内に提出
青色申告承認申請書申告する年の3月15日まで(その年の1月16日以後、新たに事業を開始した人は、その開業日から2カ月以内)
青色事業専従者給与に関する届出・変更届出書経費に算入する年の3月15日まで(その年の1月16日以後に開業した人や新たに専従者がいることになった人は、その開業日や専従者がいることになった日から2カ月以内)
源泉所得税納期の特例の承認に関する申請書提出期限は時にないが、提出した日の翌月に支払う給与等から適用
消費税課税事業者選択届出書新たに事業を開始した場合には、開業日の属する課税期間の末日まで
消費税簡易課税制度選択届出書簡易課税を選択する場合に提出。開業日の属する課税期間では、その課税期間中
給与支払事務所等の開設・移転・廃止届出書開業後1カ月以内に提出

都道府県へ提出しなければならない書類

個人事業主は個人事業税などの納付のために、都道府県に開業の届出が必要です。届出書の書式や提出期限は、都道府県ごとに異なります。

東京都の場合、「事業開始(廃止)等申告書」を開業から15日以内に提出します。

労働保険と社会保険の手続き

従業員を雇用している事業所の場合、労働保険と社会保険の事業主変更の手続きが必要です。

 書類提出先提出期限
労災保険労働保険名称、所在地等変更届労働基準監督署変更のあった日の翌日から 10 日以内
雇用保険雇用保険事業主事業所各種変更届ハローワーク変更のあった日の翌日から 10 日以内
社会保険事業所関係変更(訂正)届年金事務所事実発生から5日以内

名義変更手続きも忘れずに

個人事業主の事業用財産は、事業主の個人名義です。事業を引き継ぐ際は、後継者の名義に変更します。先代事業者に事業上の債務がある場合、債務引継ぎの手続もしなくてはなりません。

その他、以下のような手続きが必要となります。

  • 先代事業者が屋号を商号登記している場合、法務局で変更の手続き
  • 許認可が必要な事業の場合、所轄機関に対して許認可申請
  • 後継者と取引先との契約を締結
  • 銀行口座を後継者名義で開設
  • 事業用クレジットカードを後継者名義で作成
  • 事業所の賃貸借契約の名義変更
  • 水道や電気などの名義変更
  • リース契約などの名義変更
  • 広告・封筒・パンフレットなど印刷物と看板の書き換え
  • ホームページの更新

事業譲渡契約書または遺言書の作成

事業主の生前の事業承継なら事業譲渡契約書が、事業主の死亡後の承継では遺言書の作成が必要になります。

事業譲渡契約書

事業譲渡契約書には、譲渡する対象の事業や財産、譲渡日、譲渡金額についてなどを記載します。記載内容に法的な規則はありません。事後のトラブル防止のために税理士などの専門家に相談して、万全な内容にすることをおすすめします。

遺言書

事業用財産を遺贈するための遺言書を遺す方法では、保管方式を利用した自筆証書遺言または公正証書遺言が一般的です。自筆証書遺言は文字通り被相続人(先代事業者)自らが記して保管する遺言です。改ざんのおそれがあるため、相続発生後に家庭裁判所での検認が必要となります。2020年から法務局での保管(手数料3,900円)を利用することにより、検認が不要になりました。ただし、遺言を自作するのが難しい場合には、適さない方法です。

公正証書遺言は、被相続人が遺言の内容を公証人に伝え、公証人が遺言を作成し公証人役場に保管する遺言です。

安全性が高い方式ですが、費用と手続きの手間がかかります。

個人事業主の事業承継の事前準備

個人事業主の引退後も事業を継続させたい場合、後継者へ事業承継をしなくてはなりません。承継後の事業が軌道に乗りやすいような準備が必要です。

事業承継には5〜10年単位での準備が必要

事業承継は、先代事業者が健康で的確な意思決定ができるうちに完了させることが望ましいといえます。中小企業庁の調査によると、個人事業主の事業承継の97.4%が親族内承継です。このことから、親族に後継者がいない場合の後継者選びの難しさが考えられます。

後継者が決まってからも業務の引継ぎなどには時間がかかるため、事業承継全体として5年から10年前には着手しましょう。

事業承継計画の策定

後継者が決まってから必要になるのが、事業承継計画の策定です。まずは人に付随した信用やノウハウ、事業の財産や資金についての現状を把握します。事業承継の場合、後継者が引き継ぐのは資産だけでなく、負債も負うことになります。通常、債務の引継ぎには後継者の個人保証も必要です。それらをいつまでにどのように承継していくかについて、計画を立てていきます。

まとめ

個人事業主の事業承継には多くの手続きがあり、時間も手間もかかります。また、税務面での対策は様々な要因を考慮して判断する必要があります。間違いのない選択のためには、税理士などの専門家に相談することも方法の1つです。

ZEY株式会社 税務部門監修

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